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2021.04.26 MON

多様性を受け入れることの大切さ

木檜 和明

WRITTEN BY 木檜 和明

近年急速に多様性の重要さが叫ばれるようになってきました。

僕も当然同じ考えですが、僕が多様性を大切だと思っている理由は「そのほうが人間が傲慢(あるいは卑屈)にならずに済む」からだと考えています。

例えば猿山の猿は、もし自分がその山しか知らなければ次のような環境の中で生きていくと思います。

⦿この社会にはヒエラルキー(上下関係)が存在する
⦿ 自分が影響力を最大限に発揮するにはそのヒエラルキーの頂点に君臨する(ボスになる)必要がある
⦿ そのためには他の猿と争う必要がある
⦿ 争うには力(腕力と知恵)を付ける必要がある
⦿ 猿同士に力関係が生まれるため、勝ち上がった猿は傲慢に、負けた猿は嫉妬・恨み・妬みなど負の感情を宿す

このような状況は決して健全ではないと考えます。

もし他にも猿山があることを知ったり、山ではない平野に暮らす他の動物がいて皆がフラットに交流できると知ったらどう思うでしょう。

自分と違う生き方をしている動物がいることを知り、世界が広いことを認識し、自分がいる猿山が大海原に浮かぶ小島の一つでしかないことに気付き、今まで争っていたことの小ささを感じるのではないでしょうか。

人間社会も同じで、昔は人間が物理的に移動できる範囲も限られていましたが、今は交通網も発達してインターネットもあり、(費用や時間の制約はあるものの)リアル・バーチャル含めいつでもどこにでも気軽に移動し、いろいろな人に会い、多様な価値観に触れられるようになりました。

この流れがもっと加速すれば特定のヒエラルキー内におけるボスの感覚も持ちにくくなり、結果として人間から傲慢さ(あるいは卑屈さ)が消えて争いも減っていくのでないかと思うのです。

簡単な例でいうと、自分の国と別の国がいがみ合っていたとしても相手の国にたった一人でもいいから友人・知人がいたら「国は国、でも個人同士の付き合いは全く問題ない。よって争う必要はない」という風に考えられるのではないでしょうか。

国も地域も人種もジェンダーも越えて、多様性をシャワーのように浴び続ける毎日を送っていればいつしか世の中から争いがなくなっていくと思います。

ここ数年で多様性のある暮らしをサポートしてくれるサービスも相次いで立ち上がってきており、希望を感じます。

僕も最近はその方面の言語化も増えてきました…

元記事はこちら

多様性を受け入れることの大切さ

木檜 和明

木檜 和明

遠くのクラウドと手元のIoTデバイス、両エッジをつないだものづくりがしたいと妄想中。Arduinoのコミュニテイやってます。

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