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2017.07.15 SAT

Appleの原動力『Think different.』からの20年を振り返る

増田 隆一

WRITTEN BY 増田 隆一

こんにちは。cloudpack.media編集長の増田です。

みなさんは、Appleの『Think different.』というキャンペーンをご存知ですか?

今からずっと昔に行われていたAppleの広告キャンペーンです。テレビや雑誌や屋外でこの広告キャンペーンを目撃したことを記憶している人がいたら、おそらく30代半ば以上で、20代の方は知っていてもYouTubeでムービーを見たことがあるかも?という感じではないでしょうか。

まずは、ご存知ない方のために、日本語版のCMをご覧ください。

倒産寸前のApple

このCMがテレビで流れていた約20年前、筆者はApple Computer Japanで働いていました。

今のAppleしか知らない人たちには想像もできないと思いますが、当時のAppleは、Microsoftを筆頭とするWindows PC陣営との競争に敗れて、シェアを急速に失っていました。根強いMacintoshファンにかろうじて支えられていましたが、業績は回復不能とさえ思われるほど絶望的な赤字決算が続いていました。

筆者が記憶している最悪の数字では、会社の運転資金が残り14日分しかないこと(この数字には諸説あります)。もはや倒産は免れそうにないという噂が社内も社外にも蔓延していました。新聞紙では毎日のようにどこかの企業がAppleを買収するという記事が掲載されていました。社員には何人もの転職エージェントからの接触があり、次の転職先が紹介されるという日々が続いていました。

スティーブ・ジョブズの復帰

スティーブ・ジョブズについては、伝記本もあれば映画にもコミックにもなっているし、有名な人物なので紹介は割愛します。

話は、1996年まで戻ります。

スティーブ・ジョブズがAppleを追い出されて数年後、再びAppleに復帰したというニュースが流れました。完全に方向性を見失っていたAppleと、自信喪失の真っ只中にいる社員にとって、文字通り『最後の希望』にも思えました。

筆者は当時、Apple Japanのトレーニングチームから、マーケティングコミュニケーションチームに異動になったばかりで、不慣れな新しい業務と格闘し、周りに付いていくことだけで一杯いっぱいの状況でした。まだ若かったこともあり、Apple倒産の噂はたいした心配事でもなく、むしろ「倒産する会社の様子を中から眺めるチャンス!」ぐらいに、かなり呑気だった気がします。

同僚が次から次へとAppleを去っていく中、筆者もエージェントから次々に紹介される魅力的な転職のチャンスに目を奪われつつも「スティーブが戻ってきたんだから、何か面白いことが起きるに違いない」とワクワクする日々を過ごしていました。

Think different.キャンペーンからまもなく20年

先日、自宅の本棚を整理していたら、過去のAppleの資料を掘り当てて、今年であのThink different.からまもなく20年であることに気がつきました。当時の資料をめくりながら、Think different.は、Apple復活の原点でもありながら、筆者にとっては人生に大きく影響を与えたターニングポイントだったことを思い出します。

写真のこの人物、筆者の当時の上司である河南順一氏は、Apple Computer Japanで、Think different.キャンペーンの責任者でした。懐かしくなってFacebookでコンタクトを取り、このインタビューをお願いしてみました。河南氏は、何年も連絡すら取っていなかった無礼な元部下を温かく迎えてくれたのでした。

元アップルコンピュータ 河南順一氏が語る『Think different.』

Think different.前夜

Appleでは、コンシューマー市場向けの製品が乱立していて、リセラーが大きな値引きを行いながら不良在庫を一掃して、Appleがその値引き分を補填するという惨憺たる状態でした。スティーブがAppleに戻ってきてすぐにコンシューマ市場からいったん撤退をして、ハイエンドのノートブック『PowerBook G3』で収益を復活させよう、というシナリオが発動した頃のお話です。

97年の夏にボストンで行われたMACWORLD EXPOのタイミングで、世界各国からマーケティング責任者が集められて、そこで初めてThink different.キャンペーンの説明を受けました。

クレージーと呼ばれる偉人が多数でてきて、詩的なメッセージのあと最後の数秒だけAppleロゴが出るというCMには、商品であるMacintoshも、価格もでてこない。なのに新聞・テレビ・雑誌はもちろん、あらゆる目立つ広告スペースを使って、全世界で大々的に実施することに決まったから!という説明でした。

ブリーフィングが終わっても、その場にいた全員がピンと来ないという感じでした。

登場する人物はMacユーザーでもないし、ほとんどは亡くなっている人たちでしたし、どこの誰がこのCMに共感するのだろう? という疑問の声がいくつもあがりました。

その頃、宿敵Microsoftに資本を入れてもらったことで一時的に倒産の危機は回避したものの、まだ赤字は続いていましたから、帰国後に「販売につながらない広告にこんなに予算を使うなんて何を考えているんだ!」と営業の総責任者から詰められたりもしました。他の国でも同じ状況だったようです。

まだ、スティーブが本気でAppleを立て直すつもりなのか、みんなが懐疑的だった頃ですからね。

失われたAppleの理念を取り戻す

完全に方向を見失っているAppleとその取り巻く環境、自分の立ち位置を見失っていた社員に、スティーブは『Think different.』を通じて、Appleの理念を再び思い出させたかったのです。

Appleが創業時に理念として掲げていた言葉があります。

Changing the world, one person at a time.

個人がコンピュータの力を持つことで、一人ひとりがクリエイティビティを最大限に増幅させて、世界を変えていこう、という意味です。業績低迷の中で、社員はこうしたAppleのスピリッツを見失っていました。

Think different.に登場する人物たちは、変人と呼ばれる人ばかりだけれど、世の中を変えたいと思って本当に世界を変えてきた人たちだ。「私たちはそんな人たちのための道具を創る」これこそがAppleの理念だ、とスティーブは私たちの目を醒ましたかったのです。

しかし、私自身も最初からはピンとは来なかったし、社内の反応も鈍かったのも事実です。何はともあれ、スティーブの大号令ですから、世界中でキャンペーンが始まりました。

ちなみにThink different.の文章で「彼らは人間を前進させた」という一文がありますが、これはスティーブ自身が追加した文章なんですよ。


(これらの写真は日本で行われたThink different.の屋外広告です)

子を持つ父からの励ましの手紙

しばらくして、再び各国のマーケティングチームが招集されて、キャンペーンの進捗を確認する会議が開催されました。

各国からの進捗レポートは「少しは響いているかもしれない」程度の感触はあるようでしたが、あまり広がる様子も見えずといった感じで、どの国もちょっと苦労していた記憶があります。

その会議の中で、TBWAシャイアットデイ(広告代理店)のリー・クロウが、ある手紙を紹介したんです。

それは、10才の男の子を持つお父さんからの手紙でした。

息子は少し変わった男の子で、学校でいじめられ、のけものにされていました。自殺をほのめかせて校長先生から連絡が入ったりしたこともありました。ある日、その子が、私にテレビで流れるThink different.のCMを一緒に見てほしいと言うのです。CMが始まって口を挟もうとすると「お父さん、黙って最後まで見て!」と強い口調で言います。やがてCMが終わると彼は言いました。「自分は変わり者だとバカにされて、のけものにされてきたけれど、僕は変わりもののままで居ていいんだね!」と。

男の子がしっかりと人生を生き抜く決意をした瞬間を目の当たりにした、父親の感動と感謝を綴った手紙でした。

その場にいた全員が、Think different.の広告はこれまでの広告効果測定とはまったく違う次元で捉える必要があること、そしてこの新しいAppleの理念は人の心に響くということに気がついたのです。その手紙を読んで、涙を流す人もいました。スティーブがAppleで取り戻そうとしている「スピリッツ」が何か、その意味がやっと腹落ちした瞬間でした。

私たちこそがThink different.にあるように変わらなければならない。Appleは人々の心を変えるエネルギーを持っているんだからやってやろう!と力が湧いてきたのです。

Think different.は不可能を可能にする原動力に

依然としてAppleの財務状況は芳しくありませんでしたが、日本でもThink different.キャンペーンに手応えを感じ始めた頃です。

テレビCM枠の買い付けを行う際に、ゴールデンタイムのまったくの同時刻に全チャンネルでThink different.のCMを一斉に流そうと考えました。

テレビCMというのは文字通り「枠」で買うのが基本なので、ぴったり同時刻に30秒のCMを流すのはとても難しいことなのです。広告代理店からは「そんなことできない!」「無理です!」という声があがりましたが、非常に難しい交渉を乗り越えて実現することができました。Think different.の第一歩となりました。

他にも、渋谷駅前の東急文化会館(2003年に閉館)の特大のiMacバナー広告にも、Think different.なエピソードがあります。

東京都の条例で許される屋外広告は、最大100平方メートルです。インパクトのある500平方メートル規模のバナー広告を掲出したかった私たちは、どうしても諦めることができませんでした。

東京都条例は遵守する必要がありましたので、バナーを100平方メートルで5分割し、わずか5センチ程間隔をあけてバナーを横に並べて、遠目にはほとんど500平方メートルに見えるような屋外広告を出すことができました。

そう、Think different.には「これは無理!」と思うことも、やってみると何とかできてしまう不思議な力がありました。

私たち自身の達成感もありますし。スティーブが想い描いたAppleの理念が広がって行くのが、次第に喜びになっていきました。

ボツになったキャンペーン

裏話になりますが、「チャーリーとチョコレート工場」という有名な作品に登場する工場長の名を借りた『ウィリーウォンカ・プロジェクト』という企画がありました。

「チャーリーとチョコレート工場」の物語では、チョコレートに同封された金色のチケットを引き当てた子どもは、家族同伴で完全非公開の工場を見学できる、という設定でした。

スティーブはこの物語にちなんで、iMacにゴールデンチケットを無作為に同封し、引き当てたMacユーザーを米国のiMacの生産工場に招待したいと考えていました。これが『ウィリーウォンカ・プロジェクト』だったのですが、残念ながら企画の途中でボツになりました。もうゴールデンチケットまで完成していたのにです。(チラリと見せてもらいました:筆者談)

ボツになった理由ですが、実はこの企画、日本では景品表示法に違反してしまうのです。景品(ゴールデンチケット)には、購入商品の価格に対する上限(当時は10万円)があります。iMacの価格に対して、景品となる米国までの旅費交通費・宿泊費がどうしても上限の10万円を超過してしまうので、法律上、日本でこのキャンペーンを行うことは無理だったのです。

「日本ではできません」「いや、何としてもやるんだ!」というUS側とのやりとりが続く中、ドイツでも同様に法律的に行えないということが判明し、スティーブも最後は理解を示して『ウィリーウォンカ・プロジェクト』を全世界でボツにする決断をしたのでした。

とても夢のあるプロジェクトだったので、日本の責任者としても何とか実現したかったのですが、さすがのThink different.も法律を無視することはできませんでしたね。

最高のモノを創れ、最高のコトをやれ

スティーブ・ジョブズは、彼を題材にした映画やドラマなどを見ているものすごくエキセントリックな人物として描かれることが多いですよね。実際にそういう言動や振る舞いは確かに目にしてきましたが、少し誤解があるような気がしています。

確かに、会議にやってきて「なんでお前はノートを広げているんだ。メモをしないと記憶できないような奴はAppleにはいらない」とか平気で言うわけですよ。「なぜメモを取ってはいけないのか」とか、とても聞ける雰囲気ではありませんでした。

いつだったか「ちきしょう!ドイツはデタラメだ!」とか怒りながら会議に現れても「何かあったのですか?」すら聞けない。誰かがプレゼンを始めたときも、スライドの3枚目ぐらいで「もういい、終了!」ってなることも日常茶飯事でした。

とにかくスティーブは、相手が気を悪くするとか考えないんですね。

最高のモノを創れ。
最高のコトをやれ。
予算なんて気にするな。

彼は最高のモノを創るために私たちのような社員が集められていると信じていて、最高のコトをするための提案や議論をする場なのに「そんなことは無理に決まってる」「できない」って、やり遂げる意思を持っていない人が目の前にいると我慢ができないだけなんです。遠慮がない分、ストレートな言動になるわけで。

そう、彼はとにかく最高のモノを創りたいだけなのです。

私はスティーブがいるAppleなら、世の中が変わると思いました。この人をサポートしたいと考えました。そして、彼と仕事をしているうちに無理だと思うようなことが実現できてしまったり、情熱を失わずにやり遂げれば、何かしらの成果が得られるというのを経験してきました。

スティーブと直接仕事をしていない人でも、もっと言えば、Apple社員じゃなくても、Appleのテクノロジーに触れた人はクリエイティビティが引き出されていくように思います。才能のある人たちを増幅させるお手伝いができるわけですから、これって素敵なことですよね。

一方で、スティーブの真似をしたところで、Appleと同じやり方をしようとしたところで、同じことはやはりできない。不思議なことに、Appleは理屈では説明のできない会社です。解明したところで理屈にしても同じことは他の企業にはできません。コンサルタントとか頭のいい人がまとめた素晴らしい戦略やプランは、なぜか実行できないのに似ています。理屈と論理では補えない、何かエモーショナルな部分やパッションが必要なのだろうと思います。

さらに、信じていることをやり続けることで、つまんない出来事も落ち込むような出来事も、必ず将来につながっていくことをスティーブから学びました。実際いまスティーブみたいな人を探してもなかなかいませんし、彼はもうこの世にはいない。

いままったく違う企業で働いていますが、強いブランドを持って愛着があって支持してくれるユーザーがいる会社なら、Appleのようにちょっと違うことができるんじゃないかと期待しながら、今は毎日を懸命に過ごしています。

河南氏とのインタビューの終わりに

長時間に及んだ河南氏へのインタビューの最後は、何故か『BABYMETAL』の話に及びました。ベビメタの凄さは、歌唱力?ダンス力? いや何かよくわからないけど惹きつけられる存在で、もはや理屈では理解できない。でも、彼女たち(とバンドとプロデューサー)は最高の音楽を創ろうとしているのが伝わってくる。それはまるでAppleのようだね、とオチがついて終了しました。

帰路、「今は理屈を探しても答えがみつからないモノがウケる時代なのかもしれない」とぼんやりと考えました。

昔からAppleがこだわっていたのは、テクノロジーと人間が結びつくところである『ユーザーインターフェイス』でした。Appleは、コンピューティングリソースを計算能力にまわすのではなく、GUIとか人間が直感的に使えるようになる部分に心血を注いできたわけです。

そのおかげで、iPadはわずか3歳の子どもでも使えるようなインターフェイスだし、後期高齢者世代の父が習わずともiPhoneを使いこなしているのを目の当たりにできるわけです。彼らは、データがクラウドに保管されていることも気がついていないし、気にもかけていない。楽しく視聴しているYouTubeの動画データがどこに保管されているかも気にしないわけです。

筆者がAppleを退職して12年になりますが、Appleのテクノロジーは効率や生産性があがるとかではなく、人々の感性と表現力を磨くことに役立っていることを思い出させてくれるインタビューとなりました。

周りにいる人たちはよく知る話ですが、筆者は未だに『スティーブ・ロス』の真っ最中です。仕事の道具のほとんどをApple製品に囲まれているおかげで、脈々と受け継がれるThink different.の系譜を辿り続け、Appleのユーザーインタフェイスにかろうじて癒されています。

筆者にとってのThink different.

20年前、Think different.キャンペーンでAppleの復活を賭けて、同僚たちも筆者も、文字通り馬車馬のように働いていました。いま思えば、Think different.を通じて、都合よくスティーブに鼓舞させられていただけかもしれません(笑)

私たちからすれば、クレージーな人たちの代表がスティーブでしたし、全員がスティーブの部下として、共通の価値観や想いを重ねながら、懸命に働いていた気がします。

最近の社会問題として話題の長時間労働も、当時はあまり大きな声では言えないぐらい長い時間オフィスに詰めて業務に打ち込んでいました。今ならパワハラとされるような出来事もいくつもありました。しかし無理強いされて働かされていたという印象はまったくありませんでしたし、誤解を恐れずに言えば、どういうわけかあり得ないぐらい仕事が楽しかったんですよね。

当時のあのパワーはどこから湧いてきたのだろう? 使命感とも違うし何だったのだろう? と疑問がわいてきます。

その答えは、クレージーな人たちの頂点にいるスティーブの生き様に対する共感であったり、Think different.そのものにあるのかもしれません。

スティーブ、あなたが居なくなって、この惑星は少しだけ面白いことが減った気がするけれど、あなたのおかげであの日からずっと熱い気持ちを保つことができています。そして、今もそれぞれの場所で、みんなチャレンジを続けていますよ。

増田 隆一

増田 隆一

2015年にアイレット入社。cloudpackのマーケティングコミュニケーション担当 兼 採用マーケティング 兼 cloudpack.media編集長。ネコを愛する泡盛マイスター。虎ノ門界隈の飲食店制覇という壮大な野望を遂行中。